左右

あいだかなんだか知らねえけど

柔らかく平坦でまっすぐな道

眩しくて目がさめる、朝の陽射しに照らされ 部屋の植物が喜んでいる。わたしも嬉しくて、キラキラ輝く稜線を目で追う。

布団が暖かくて嬉しい。

夜、少し寒いのも、嬉しい。昨日1つ歳をとった。あれから、なんていうけど

あれから。

繊細だと思っていた部分、ヒトからすると迷惑な神経質なところ、それでも、物や、人や、場所を選んでなんとか己に殺されないようやってきた。

仕事をすることは素晴らしく、勉強をしながら報酬を得られる喜びと、あり得ない労働時間との間で死んだり生きたりしている。

あらゆる人に恋をして、自分にも惚れたりして。自分が何人いても足りないなあとか、何もかも全てがうまくいかない気分になったり、昔の幼さをだんだん無くして行く代わり、つまらない代役の大人版自分にがっかりしたりして。

舞台を見た、観劇とは縁遠い人生だったが、チケットも持たずに会場へ足を運んだ。映画を見た、良くも悪くも自分には合わない物だった。

やさしくなったのか、諦めたのか、まだ期待しているのかしていないのか、わからない。わからないけど、まだなんとうなく、わたしはこれからもこのままでもそれ以下でも以上でも、やっていけるような心持ちでいるのです。

そう簡単には、お前なんかのためには死なないし、もう少し素直になりたいし。

大丈夫だよっていったり言われたりしたいから

すぐにいかない

この季節になると死んでしまった友達のことを思い出す。

一緒に出かけた最後の新宿御苑で拾いタバコをしていたこととか、初めて奢ってもらったこととかあの交差点で高く舞い上がるコンビニ袋のことを思い出す。

湿っぽい、小雨の降る6月の夜に、友だちから急に電話がきて嬉しくて出たこと、暗くてやさしいこえ餃子とビールを食べたこと、少し大人っぽくなったと言われたこと。

帰りたくなくて梅ヶ丘の友達の家に泊まったこと、1週間後の葬儀の日にもまた人の家で寝たこと、下着姿で月の光に照らされたこと、ベランダから立ちションする友達、今何してるかなあ。

わたしは相変わらずの感覚で、好きな人に好きと言い、好きな友達とたまに会い、好きな感覚で生きています。

お人好しをする為にものすごくわがままなところがあることを、認めてくれるひとと過ごしています。

季節の変わり目には体調を崩すけど、なるべく自分を大切にしています、だめなときはダメでいます。

暑い日、寒い日、風の吹く日、最近安定しないお天気が続きますが、皆様いかがお過ごしですか。

今日は静かな日
静か、穏やか。こういうなんでもない日に描く絵は、なぜか不穏になることが多かった。ドローイングを毎日している時不思議なことだなと思っていた。
空っぽに近いと、空洞の先に手が届きやすいのかもしれない。

本当の今日の今日は風がつよい。少しだけ雨も降っている。さくじつ夕方遅くに出勤して今日の昼前いま、今日はもう大丈夫といわれ、酒を飲みに餃子屋へ向かっている。

首を前に落として、音がちょっと大きいと感じる。身体から不調のサインが出たり、引っ込んだりを繰り返している。

し。でもわたしはよくわらう。

生をする

もともとは、自分のことを語る手段が欲しくて絵を描き始めた。

 

生温い空気を吸って、いつもよりきつい浮浪者の臭気を感じながら西口通路を歩く。

なだらかに移り変わるリズム、刻まれる音、自分の身体がいつもより鬱陶しい温度だなあ。

今思うのは、今何も思わないこと。過去の感覚は邪魔くさかった。

右手がなにも生み出さない、絵も、その他のやりたいことも、全てが今ではただのプレッシャーだから、責めたくない、出ないものを無理やり出すのは惨めだから、

自分には、

やるもやらないもずっと惨めだけど、つらいし、すごくいやになるけど。自分の選んだ道を常に尊重してきた、人との出会いは蔑ろにしがちだけど・・いい出会いを毎回している。だからいまは病まなければ、どこまででもやろうと思っている。秒読み段階になったらちゃんと休む。

自分の扱いが未だに下手、世間との不釣合いが自分の真裏で、真隣で起こっていることを教えられてからわけわからなくなった。

よく喋るときは、必死な時が多い。呼吸が浅いと思う。酔っ払った時は、生死の話が好きでよくしてしまう、でも大体そんな話題になんかならないから、どうでもいい話して時間が終わる。

人が死ぬ、誰も体験できないことを誰もが1番最後に体験する、壮絶だなあ。

死は、自分にとって身近では無いんだと思う、今までに出会った死、どれも紛れもなく自分以外に起こったことだった。

何年か毎に思い出して泣くときがあるでも、あれはどんな  なんて感情なんだろう。ねえ

 もう背中に齧り付く悪魔に耳を傾けない代わりに、作りたいものがたくさんあるよ

なまみ

坂道で、潰れた鳩をみた。朝方4時、社から家へのタクシーを探している途中に見かけた。肉が飛び散り、赤く、街頭のせいで少しピンク色に見えた。

それをみながら何かを想像する。

昼食、安さから行く、牛丼チェーン店、牛の血肉を食べているんだと、屠殺の現場は見たことがない。何かを察して鳴きわめく牛を想像しながら食べた。この絵図は、島崎藤村を読んだときに覚えたものですか?茶色くていい匂いのする調理済みの肉を食べてるからいつもそれがなんなのかを一切思い出せない、牛の血の色を考えながら、美味しいなあと食べた。

頭を働かさない。指示だけで動く、想像はする、するだけ、何1つ自分で決着をつけられない制作物、なんのことかが、わからない。

あたまを、このままの状態で使い続けるならわたしである必要がない。

 

べつのひと

夜、太陽のひかり

昼間

 

仕事が詰まっていなかったので、あかるいうち空気をいっぱい吸った

 

今日は昨夜寝るのが遅かったのに気持ちのいい朝でよかった

光を浴びる機会が本当に少ない